死者の如き従順

脱落者・敗北者・落伍者と連帯するブログ

モテない俺がトラックに轢かれて異世界に転生しトマス・アクィナス『真理論』を買った

 ここのところ風邪気味であった。なので今日も今日とて会社を早退した。しかし、小人は閑居して不善をなしがちというのは古来から言われていることであり、俺もゆっくり家に帰って布団をひっかぶって異世界に転生すればいいものを、普通に本屋さんに寄ってしまった。3月の最終週なので、今月の新刊の買いそびれがないかとチェックするためだった。まさか表題のようなことになるとは思わなかった。

 

 咳をしながら本屋の人文コーナーを歩く。ああこれ買わなかったな買っておこう、これは来月回しかな予算的に、現代思想もブックガイドものかチェックするかーなんてちょっとトレンディな人文系大学生みたいなプレイングをかましていた。だが、その視線はどことなくおぼつかない。何故ならば、視線をどこにやっても「それ」がちらつき、存在を誇示しているからだ。俺は本をいくつか買った後、「それ」に正対した。

 

 この本屋は、当たり前だが新刊は表紙を前面に置いて売り出している。本の背表紙を縦に並べておくよりはもちろん客の視覚を奪いやすい。だが「それ」は、そんな常識論はお構いなしで、まだ刊行してから1週間も経っていないのに背表紙を俺の目に向けて鎮座していた。いや、こうも解することができるだろう。「それ」は背表紙だけで十分存在感をアピールできるのだと。現に「それ」の背表紙(※上下合わせて)と標準的な文庫本一冊を比べると、文庫本の表面積が背表紙の表面積のちょうど4分の3ぐらいなのだ。

 

※これは一般的な中公文庫との単純比較です。

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 まあ、メチャクチャ大きいし分厚い。アメリカの女性が暴漢対策に持っている小口径拳銃、たとえば22口径ぐらいだったら防ぎかねない一品。警備業界の見本市で売れやと言いたくなってきたが、やっぱりよく見ると「本」なのである。

 

 ……いや、これ以上この出会いを妙ちくりんに書いても仕方あるまい。だいたい俺はタイトルで全てをバラしているのだから。「それ」とは『神学大全』『対異教徒大全』『カテナ・アウレア』などでおなじみのトマス・アクィナス大先生の『真理論』である。平凡社の《中世思想原典集成》シリーズ第II期の1発目。日本語訳にして約2000ページ。お値段は税込み32400円。覚醒剤は末端価格にして1g7万円、半値でお得だ。比較対象を間違え続ける人生。

 

 さて、俺はこの『真理論』の背表紙を20秒ぐらい睨みつけていた。価格設定にしても、本の形状にしても、内容にしても、こんなもん買うかよという気持ちになっていた。

 

 価格設定。言うまでもないが高い。本の形状。今日日、本がかさばってしょうがないと嘆かれる時代に何だこれは。内容。『神学大全』を何度も投げ出している俺に手が出せるわけがない。誰かがツイッターで言っていたが、『真理論』に比べると『大全』は入門書らしい。入門した途端道がなくなって奈落に落ちて地獄めぐりさせられる奴だろそれ、序盤で変なNPC(クラス:異教徒詩人)が仲間になる奴。

 

 俺は『真理論』と対峙する際にしっかり準備をしていた。先述したように、本を既に買っていたのだ。20000円ぐらい。つまり、「腹すかしたままスーパーに行くとメッチャ買ってしまうので買う前に菓子パンを1個食べておく」というあのせせこましいライフハックだ。しかしこれがよく効く。もう財布から諭吉さんが2枚消えてる(というかその2枚しかなかった)。これ以上無駄な金を使う余地がない。それに価格、形状、内容、全部ナシだろ? まあ、今日はそういうことだよなと思って普通に帰った。「半笑いで店に入り食った不味いチャーハン 吸いすぎている食欲からの大ライスを追加  しようとしてやめて頼む今日のランチセット」(輪入道「覚悟決めたら」)の気持ちがよく分かった。

 

 俺は買った本を車に放り込み、運転席に座った。頭の中には『真理論』の仰々しい背表紙が渦巻いていた。しかし、あんなもん本当に売る気あるんだろうか。恐らく、ない。版元も、取次も、書店も、恐らく誰も売る気がないのではないか。アレは売る気がねえよな、ハハ……。

 

 俺は車を飛び出し、戻った。そしてもう一度「それ」と対峙した。今度は迷いなく掴む。通勤読書を拒否するずっしりとした重い感覚。下巻も上巻の上に乗せる。そしてそのままレジに向かって走り出した。頭の中で流れているのはおなじみの「俺はやる やりたい やらなくちゃ それはカス」。売る気があるのかねえのかどうでもいい。俺に買う気があるのかねえのかだろうが。

 

 レジではさっき応対してくれた店員さんがいた。俺は無言でドンとレジカウンターに「それ」を乗せる。店員さんは無表情のまま価格を提示する。覚醒剤の半額。自転車で住宅街を回る■■■人からケミカル昼顔を買う代官山のご婦人と違って現金は持ち合わせていないが、クレジットカードならあった。ファックキャッシュレス社会、ありがとう俺の信用。

 

 まあ、その後のことはさておき、俺は家に『真理論』を蔵することになった。専門研究者でもなければ中世哲学は少しかじったことがあるだけという俺が果たしてこれのふさわしい持ち手なのかはわからない。だが、家にこれを置いておくと「おい、お前はいつ俺にふさわしくなるんだ?」と呼びかけてくれるような気がする。「われわれは存在するかぎり善きものである」たまたま開いたページに書いてあった。なんだか明日から頑張れる気がするぞ!!!!!!!!

 

……ところで、書籍のクーリングオフってできるんでしたっけ?

 

「永続的発見と運動の内なる天才」「今日における精神の形而上学」……正気か? ちなみに続刊はアンセルムスとクザーヌスの諸著作をまとめて出すとのこと……。

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 ちなみにこれが『真理論』を買う前に買った本たちです。正気とは……。

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