死者の如き従順

全ての陰謀に関与する戦闘的ジェスイットの身辺雑記

バイザー『啓蒙・革命・ロマン主義』(2010、法政大学出版局)を読みました

 たまには人のためになる読書メモをば(もっと有益な栩木憲一郎氏の書評もシェアしますhttps://core.ac.uk/download/pdf/96989543.pdf)。

 

 一言で言うならば1790年から1800年の10年間を中心としたドイツ政治思想史の研究書。「啓蒙の理念」(理性の公共的使用とか、現状権威への批判)がフランス革命を駆動し、かの自由・平等・友愛という「革命の理念」が今まさに実現するのか……と思ったらそーれー見たことかーと言わんばかりにテロルに堕落し、対仏大同盟も結成されるしどうなっちゃうのー!?とプリキュアピンチ回を見るかの如くハラハラドキドキしていたお隣ドイツの言説状況を分析する試みだ。

 

 この時代のドイツはスタール夫人が言うように決して政治的に無関心ではなく、むしろ政治こそが彼らのインテレクチュアルな議論を駆動していたことを証明するのが本書の意図だ。バイザーによれば、啓蒙の理念大事やし理性メインでドイツでもやっていこうやという「自由主義者」と、でも意志も大事やし結局は中世の団体的な国家が一番個人のためにはよかったよねという「ロマン主義者」、そしていやそもそも何でもかんでも理性一辺倒ではなくない?経験も大事やんかという「保守主義者」に大別されていた。ある者は自由主義的側面を持ちながらもロマン主義的、ある者はロマン主義的ながらも保守主義的、というようなグラデーションがあるにせよ、この枠組みをもとにバイザーは、カント、フィヒテ、シラー、フンボルトヤコービ、フォルスターを自由主義者、ヘルダーや初期ロマン派のシュレーゲル(弟)とノヴァーリスロマン主義者、メーザーやレーベルクらハノーファー学派(イギリス大好きオタクたち)、ガルヴェらベルリン啓蒙主義者(フリードリヒ2世ペロペロオタクたち)、さらにはゲンツ(フランス革命こじらせオタク)や当代最悪の反動媒体「オイデモニア」とヴィーラントを保守主義者と括って三部構成で叙述を進める。

 

 印象的だったのは、根っからの貴族制嫌いのフィヒテフランス革命政府に協力したフォルスターは別として、大体の人たちが「下からの革命」について否定的だったことだ。多くの場合、啓蒙絶対君主による改革の期待か、立憲君主制などの混合政体で何か変わるんじゃないだろうかと期待していたのだ(この辺は18世紀ドイツにおけるモンテスキューの影響を示した『伝統社会と近代国家』所収のフィーアハウス論文に詳しい)。それが「多数者の専制」をもたらすということならまだ分かるが、保守主義者たちなんかは「奴らが啓蒙で知恵をつけると宗教とかに疑念を抱くから連中の心の安寧がパーンしちゃうよね」という体で啓蒙する対象を制限しようとしているあたり、ろくでもねえなこいつらと読んでて思った。フランス革命の帰結が彼らを民衆嫌いにしたわけではなく、最初からそんな感じなのもうーんという感じだ。

 

 もう一つ。当時ドイツにおける反動勢力あちゅまれ~~~という形で発刊された『オイデモニア』の顛末について。タイトルは幸福や公共の安寧を意味するεὐδαιμονίαのドイツ語読みだ。「幸福主義者」たる彼らはとにかく反啓蒙・反イルミナーテンの陰謀論などをまき散らし、「実際、哲学というよりも宣伝である」とバイザーが評するほど。今でいうところの右派系雑誌だろうか。これは「すでに反動的な感情を持っている人びとをよりいっそう煽動」し、フランス革命を「単に少数の不満を抱く思想家たちの間でなされた陰謀の所産であったとすれば、それが強調する社会的、政治的、経済的理由を(中略)都合よく無視していいことになる」ことを目論んだ。

 

 しかし、検閲や警察権力の強化さえ訴えた『オイデモニア』の帰結は、皮肉にもオーストリアの検閲長官レッツァーをイルミナーテンだとこき下ろしたことで販売禁止の帝国令を受け、さらにはマインツのフランス占領政府による脅しでフランクフルトからも発売を禁止されたことにより、支援者を失い廃刊した。だが、ここからのバイザーの指摘は多くの現代人が拳々服膺とすべきだろう。

 

 つまるところ、『オイデモニア』が成し遂げたことはいったい何だったのだろうか。一見したところではたいしたものはなさそうである。その廃刊は保守主義者たちからは悲しまれなかったし、自由主義者や急進派からは祝われた。背後に置き去りにされたように見えたものすべては、憎悪と陰謀と敵意の不快な跡であった。フランス革命の哲学にとって代わりうるような、あるいは競えるような首尾一貫した政治哲学はなかった。改革のための建設的提案はまったくなく、現状維持のための具体的示唆さえなく、あるのはただうんざりするような検閲強化の訴えだけであった。幸福主義者たちは、君主の無知、無関心、無能力が、現在直面しているあらゆる危険の原因であると主張し、最も保守的な君主たちさえも感情を害した。しかしながら、もっと掴みどころのないレベルでは、『オイデモニア』は、有害なものでしなかったにせよ、公衆の意識にある種の効果をもたらした。『オイデモニア』はかなりの急進派や自由主義者を防御的な立場に追いやることに成功した。彼らは、いまや自分たち自身を晒け出すことにずっと用心深くなっていたし、共和制にはほとんど自信を失っていた。しかしもっと悪いことには、幸福主義者たちは、保守的かつ反動的な同盟者たちの多くと同様に、しつこく、極めつけの一手ともいえるカードを切った。それは祖国愛というカードだった。祖国愛に満ちたドイツ人ならば、フランス革命の理念を受け入れることはしないだろうと繰り返し論文の中であてこすった。真にドイツ的なものはフランス的ではなく、フランス的なものは自由、平等、友愛の理念であった。こうして祖国愛は自由主義運動とよりはむしろ保守主義運動のほうと結びつくことになった。こうした結合はドイツ史に悲劇的な帰結をもたらしてきた。その影響はなお今日にまで及んでいる。

    『啓蒙・革命・ロマン主義』pp641-642(強調・下線は引用者)

 

 歴史は繰り返す、という奴だろうか。どれだけトンデモで論じるに値しないと知識人たちが思っていても、それらは国民の意識の部分では浸透し続けている。ホロコースト南京大虐殺従軍慰安婦の否定論など、「祖国愛」を前提としたリヴィジョナリズムはその最たる例だろう。

 

 本当なら各思想家の個別具体的なところまで紹介すべきなのだろうが、体力がないので無理です。本自体は700頁以上あり、決して読みやすくはないが(翻訳が悪いという意味ではない、ただカントとフィヒテの章はその哲学的著作にも踏み込んでいるためか死ぬほど難しかった)、それでもこの時代のドイツ政治思想史の通史的な文献は日本語ではあまりないので(最近はフィヒテについての熊谷英人さんの仕事もあり、またカントの政治哲学への研究など各論的には進んでいる印象。正直その意味でバイザーの記述は古いのかもしれない)、貴重な本だと思う。図書館でリクエスト申請して借りてきたのだが、折に触れて読み返すために購入を前向きに検討している。

 

 ところで、この本を読むのに正味1週間かかったため、最初に読んだカントの章などはほとんど忘れたといってもいい。こういうのを忘れないようにするというか、一応読んだ果実を得るためには、やはり一定のページ数で一度読み進めるのを中断して、読書ノートを作成した方がいいのだろう。時間はかかるが、その方が確実な気がする。