死者の如き従順

脱落者・敗北者・落伍者と連帯するブログ

【映画感想】ドラえもん のび太と空の断片郷(ピースミール)

 いやー今年もよかったですね。古沢脚本というのにハマりそうでございますよ。キンプリ効果もあってか女性客が多かった印象を受けました(けど、キンプリがやったソーニャって出てたか? 予告と本編がかなり大きく違ったような……)。あと、タイトルの漢字を「そら」と読み間違えてましたね。小学生レベルの漢字も読めないとはお恥ずかしい限りです。

 

<あらすじ>

 「家にマルエン全集がある」「将来の夢は岩波・朝日文化人」「尊敬する人は宇野弘蔵柄谷行人」という左翼小児病小児・出木杉が毎度のごとくのび太達に人新世以後のマルクスの可能性について講釈を垂れていた。のび太は「いやでもソ連以後を生きる僕たちにはちょっとねえ……」とどこぞのインターネットの受け売りを言うと出木杉は真っ赤になって「野比君は反動だ!」と怒ってしまい、マルクスの偉大さは全く分からないが出木杉が言うからそうなんややろと不破哲三……じゃない付和雷同したジャイアンスネ夫からも「のび太こそ真に失うものがないね。プロレタリアートですら持っている脳がないからね。」と言われる始末。

 憤激したのび太ドラえもんに「どうせ白井聡とか斎藤幸平だけ読んでマルクスを知った気になっている、あの四角い頭がマルくなって完全な球体と化したアホどものユートピアを打ち破るためのひみつ道具を出してよ! というかタイムマシンでマルクスを殺しに行こうよ!」と直木賞作家のSF小説みたいなことを言うと、ドラえもんが「いい加減にしろ! 君が月をナチの楽園にしたり、クレムリンを襲撃したりしたせいでどんだけ迷惑被ったと思っているんだ! 特にプーチンをきれいなプーチンにすげ替えた件は、22世紀の国連安保理でロシアが問題視して国際問題になりかねたんだぞ! タイムパトロールからホロコースト否定論者と同じくらい警戒監視されてるんだから、これ以上潮吹あわびみたいな方向で大長編をやるわけにはいかない! 大体ひみつ道具で何とかしようってのが気に食わない! そんなに言うなら君も植村邦彦でも読んでちょっとはマルクスを勉強したらどうだ!」とブチギレる。

 全くもって話にならないのでのび太は奸計を思いつく。ドラえもんにPS5で新しいゲームをやろうと誘う。そのゲームは『プレイグテイル イノセンス』で、序盤の黒死病持ちネズミの大群がサーっと通るシーンを見て、のび太の思惑通りにドラえもんは気絶する。なお、気絶した時にポケットから飛び出した地球破壊爆弾がパラダピアなる浮遊施設を木っ端微塵にしたのはまた別の話である(『ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)』でその顛末が上映されているそうなのですが筆者は未視聴)。

 のび太は仰向けになったドラえもんの四次元ポケットをまさぐり、「タイム新聞」(過去現在未来あらゆる新聞記事を読めるため、運営会社がTX同様に新聞社に無断転載で訴訟を起こされているひみつ道具)を取り出す。「ユートピア クソ 致命的な思い上がり」「マルクス 家政婦 合意ありなし」「エンゲルス ATM or 理解のある工場主君」「聖家族 近親相姦」「ヘーゲル左派・右派 合同誌」「ぼ喜多 クソデカ感情 not百合」などで検索し、急速に敵性思想への知識を深めていく。

 しかしのび太も並いるバカの例に漏れず、ネットの海をあちこち検索しているうちに本筋から外れた記事(三毛別羆事件Wikiなど)を読み漁っていると、1998年10月下旬のあるオカルト雑誌の記事を目に止める。茅見浜にある小川マンションでは、64の家族の幽霊が死の悲劇を延々と再演する心霊スポットなのだという。唯物論者ガチアンチののび太としては幽霊の存在を証明すれば共産主義という妖怪を成仏させられるのでは???と閃き、早速タイムマシンで小川マンションへ向かった。

 

 のび太は知らないが、小川マンションでは両儀だとか相克する螺旋だとか魔術師だとかが入り混じって、何やかんやあって64の機能不全家族スプラッタ劇場の仕組みは既になくなっていた。しかし、荒耶宗蓮の築き上げた「奉納殿六十四層」の基層は未だに残っており、それを使って恐るべき社会実験が行われていることもまたのび太の知るところではなかった……。

 

 小川マンションに着いたのび太は、恐る恐る足を踏み入れると不思議な光景を目にする。各号の部屋に入ると、何と奇妙なことにその部屋の中にひとつの世界が再現されているのだ。そこには住み慣れた練馬区があり、のび太やしずか、ジャイアンスネ夫も普通にいるが、出来杉はヤングケアラーだった。しかし、別の部屋に入ると、しずかがトランスジェンダーになっている世界や、ジャイアンが宗教2世として母ちゃんに鞭で折檻されている世界、スネ夫麻薬王の息子に腸を引き摺り出されている世界、ドラえもんが足を切り落とされてローラーをつけられガストで配膳して回る世界などのび太が住む世界が少しずつアレンジされていた。ただ、奇妙なことに、のび太はどの世界でもダメなのび太のままだった。

 探索を続けると、マンションの部屋に終わりは見えず、無限通りの組み合わせの世界があるように思えた。オープンレター問題で関係者がみんな「謝ったら死ぬ病」にはかかっていない世界、タイムスリップした山上憶良が貧窮の末安倍晋三を滅多刺しにする世界、Colaboが適切な会計処理を行っていた世界、薩英戦争で闇祓いが薩摩藩士に対しては許されざる呪文を使用してよい世界、袴田巌が本当に最高裁ローマ法王兼魔王になった世界、ウクライナがショルツの煮え切らなさにキレてベルリンに進軍して期せずしてロシアと穴“兄弟”になる世界、岸田文雄が二軒目の洋食屋で韓国大統領の前で盛大にゲロを吐く世界、GPT-1145141919が淫夢厨と化しおもんない答えしか返さない世界……のび太は無数の世界の可能性を見ていく中で困惑し、ついに気絶する。

 

 目が覚めると、そこはどうやら小川マンションの最深部のようだった。傍らにはマンション中央を貫く巨大な円柱型コンピューターに繋がれた3人の男がいた。のび太が誰何すると、彼らはポパーハイエク、ミーゼスと名乗る。彼らこそは小川マンションを超科学と魔術の交差する「オーストリアンスクール」に改造した「三賢人」だった。これは小川マンションの魔術の骨格を利用し、それを22世紀の科学によって何やかんや増幅させることで64通りではなく無限通りの世界を再現することに成功した代物であった。そして、この小川マンションでは時間の流れは自由自在であること、そして再現された世界は全てある実験のための観測用でしかないという。心霊スポットかと思ったら狂気の科学者の住まいだと知って逃げ出さなきゃと思ったのび太だが、ポパーから「逃がすわけにはいかないよ、君こそが我らの計画の最後のパーツだからね」と言われ困惑する。

 

 三賢人の語る計画は大要以下のとおりだった。

 彼らは予め理想の世界を定めるマルクスの思考のユートピア性を批判し、むしろ現実社会を補正し漸進的に善を実現するピースミール社会工学に希望を見出していた。しかし、この考え方の欠点は、そもそも補正する社会は1つしかないので、どのような結果が導かれるのかは最終的には定かではないという問題がある。弥縫的な対策が破滅を先送りにするだけのことはよくあるので、本当に漸進的に「善」を実現しているのかは最終的な結果から見ないと分からないという問題である。

 三賢人はそこで小川マンションを改造し、オーストリアンスクールを作り、無限通りの仮想世界を再現して思い思いの実験と観測を行った。しかし、どんなに世界をいじくりまわしても、2X世紀の全面核戦争による人類絶滅の回避がは困難であることが発覚する。ありとあらゆる条件を無限通りに操作し、無限通りの世界を創造しても、結局人類は核戦争で自らを滅ぼしてしまう帰結だけは変わらなかった。それは、まさに惑星の抑止力(=ガイア)という絶対の理法によるものでありどうすることもできないものだった。科学の限界を知った三賢人は狂ったように魔術を学び、たったひとつだけ核戦争を回避する方法を発見する。それは、この無限に転変する可能性のある世界の中でひとつだけ変わることのない固定された存在を生贄に捧げることで、人類の存続を希う集合的無意識(=アラヤ)を起動し何とか消滅を回避するというものだった。

 三賢人たちは既にありとあらゆる世界の人・もの・出来事に対して干渉し無限に世界の条件設定を変えてきたが、ひとつだけどうしても条件を変えられなかったのが「野比のび太」というちっぽけなクズ人間だった。オーストリアンスクールの中の断片的な世界(ピースミール)はあくまで実験用の仮想でしかないため生贄には使えないため、彼らは現実世界の野比のび太が来ることを待ち構えていたのだった。

 

 「君は人類のこれからの永遠の繁栄の礎となるんだ。これから君がどんな人生を送ったとしても決して叶えることのできない名誉だぞ」と言われたのび太は逆上する。「僕はどんな世界でもダメで間抜けでノロマなの!? そんな理由で死ねっていうの!? ふざけんな!!!! ドラえもんさえいれば、しずかちゃんと付き合いながら遊びで女の子を掛け持ちできるし、AO入試慶應に入ってひみつ道具の転売で手に入れた金でタワマンで暮らしてその後は人事担当者や役員を洗脳して電通に入れるはずなんだ!!!! ドラえもーん!!!」と助けを求めると……。

 「のおおおびいいたあああ!!!!!!」という怒りの声とともに、突如クソデカ飛行船「タイム・ツェッペリン」が現れた。ドラえもんは先ほどの卑劣な行いに対してブチギレ、のび太を殺すために飛行船に大量の爆薬を搭載して特攻兵器に改造し、カミカゼってきたのである。しかしタイム・ツェッペリンは軌道が狂い、のび太ではなく三賢人が接続していた巨大なコンピューターに激突する。タイム・ツェッペリンもコンピューターも木っ端微塵になり、三賢人も電池が切れたようにくず折れる。

 ドラえもんのび太は「大長編のお約束」によって通常ならば爆死しているところを無傷で生き残った。ドラえもんはなおものび太をアバダケダブラで殺そうとするも、のび太が事情を説明して事なきを得る。そして、2人は破壊されたコンピューターから偶然無傷のまま残っていたデータチップを解析し、真実を発見する。三賢人は仮初の姿で、実は巨大コンピューターがポパーハイエク、ミーゼスといったオーストリア学派の思考をインストールし、暴走した結果このような狂った実験施設ができてしまったようだった。

 

 しかし、ここでふと疑問がよぎるのび太

 のび太「でもさ、ピースミール社会工学って、漸進的な対策の最終的な帰結が分からない、というのがそもそもの前提じゃないの? 結果を前提するっていうのが既にユートピア的思考に絡めとられてない? ポパーハイエク、ミーゼスの思考からは出てこないように思うんだけど……」

 ドラえもん「君にしては鋭い……アッ!」

 のび太「ん? どうしたの?」

 ドラえもん「思考データベースの参照がズレているね。ヒトラーの思考も結構な比率で混ざってるよ!」

 のび太「なるほど……! 同じオーストリア人だから……!」

 

 イカレたコンピューターの破壊には成功したが、結局、2X世紀に核戦争を回避するのはできなかったことに気づくのび太ドラえもん。溜息を吐きながらも、できることをやっていくしかないと考え、まずは出木杉宅のマルエン全集を片っ端から捨てて『開かれた社会とその敵』の新訳を強制的に読ませることを決意するのであった。

 

<余談>

 GPT-4にも聞いてみました。こっちの方がドラえもんらしい感じがします……! いつかAIが脚本を書く未来もそう遠くないかもしれませんね……!