死者の如き従順

全ての陰謀に関与する戦闘的ジェスイットの身辺雑記

日記を書く理由

 毎日のように高校生感情クイズ選手権みたいなエントリを書いて恥ずかしくないのか、という声が投げつけられているような気がする。そういう声に対しては「今となって思うのは……利己的な生き方……愛情、モラル………偽善! すべてが自分ってことだ!! 俺は誰にも恥じないぞ!!」とガンスリンガー・ガールのジョゼの名言だけを投げておくことにしたい。俺はP90のかっこよさと大切なことは全部ガンスリンガー・ガールから教わった。

 

 一つの新聞記事*1を紹介する。2016年1月19日の朝日新聞朝刊生活面に載っている「日記帳の『終活』 私らしく」という記事だ。まずこのブログ作者が朝日新聞読者なのかよということに驚きがあるかもしれないが、そうなのである。それについてはいつかまた話すことにしておき、朝日新聞の生活面には「ひととき」というお気持ち掲載コーナーがある。その「ひととき」の中でとりわけ反響が大きかったものを記者がその反響や類似する例などを取材し記事にする「みんなのひととき」という大型コーナーが当該記事の立ち位置だ。

 

 もう2年の前の記事なので、今ネットで見るのは難しい。現物は図書館の縮刷や新聞データベースなどで見てほしい。とはいえ、当時の俺(大学4年生)は新聞をちゃんと読んでいて、この記事にいたく感動したのかスクラップして写真を撮り、当時日記代わりにしていたEvernote*2に貼り付けていた。それをこのまま転載するとまずいので、概略だけ述べるにとどめる。

 

 要はその年で92歳になるというおばあちゃんが書きためてきた10冊以上の「日記帳」を処分すべきかどうか悩んでいるというのが投稿された「ひととき」の内容だ。これに対して100通以上のお便りが朝日新聞に寄せられる。これまでの即席、捨てちゃうのはもったいないよ!という意見もあれば、姑が死んだ後に日記見たらその姑にとっての姑に対するとんでもない悪口が書いてあって日記残しておくのは後に残されたもんとしてもヤバいという意見もあった。

 

 その記事を構成するひとつのエピソード、これを紹介したいのだった。60代の女性はこれまでずっと日記を書いてきた。ところが、2015年の関東・東北豪雨で自宅が浸水。25年間書き溜めた日記帳は泥水の中から見つかり、捨ててしまったという。

 

 女性は1週間もしないうちに日記を書かないことに焦りを感じる。日記帳を通販で購入し、さて真新しい日記帳が届いた瞬間こう感じたという。「日記は記録じゃなくて、明日また書けるページがあるという希望だったんだ。空白に広がる未来があるからがんばれる」当時の俺はこの言葉に感動したのである。

 

 この言葉こそ俺が新たに日記を始めたきっかけである。先述した通り、Evernote日記にチャレンジしていた。その時参考にしたのは法哲学者として有名な長尾龍一先生は毎日自分のHPに書いている日記だ(リンクは貼らない、興味がある人は自分で探そう)。Evernoteブログ時代はあれをモデルとして、新聞のまとめなどをエンヤコラと書いていたのだが、今はそんな暇ねえ!あれ暇人にしかできねえわ!と思って匙を投げてしまった。その時の俺は全くもって「記憶」の助けとして日記を書いていた。だが、そういう実用的な目的ではなかなか続かないものである。飽きっぽい俺の場合は。

 

 それでも、何か書きたいという気持ちはあった。元々昔から書くことは好きだった。昔書いていた二次創作の小説とか、傷を開くような気持ちで覗くと本当に書くことが好きという気持ちに溢れていたと思う。今は小説なんて書こうとは思わない(ライトノベルで一発当てたいという夢は捨てていない)。だから何を書こうとした時、結局日記にした。それは先にあげた女性同様、書くことへの飢餓感を感じたからだ。もちろん会社の人に見られるとヤバい以上、赤裸々なことは書けない。それでも、何か書こう。そう思って始めたのが「死者の如き従順」だ。

 

 しかし、今かの女性の言葉について考えると「それって日記を書くこと自体が自己目的化してない?」というようなことを思わなくもない。だが、俺のくだらない考えよりも先人の言葉を引くべきだろう。日記そのものが偉大な古典となったジャック・アミエルは1864年9月20日に日記を書く理由について「わたしが孤独だから」と書き、さらにこう続ける。「わたしの日記はわたし自身との対話であり、わたしの社交場であり、わたしの道連れであり、わたしの腹心である。それはまたわたしの慰め、わたしの追憶、わたしの苦痛を癒やす妙薬、わたしの木霊、わたしのひそかな経験の貯蔵室、わたしの心理の道しるべ、わたしの思考の錆止め、わたしの生きるための口実、要するにわたしが遺産として残しうる唯一の有益なものである」。俺みたいに一週間に一回だけ書けば満足、みたいなアホと違って、日記に誠心誠意打ち込むとこういうパンチラインがおのずと出てくるのだろう、アミエルもかの女性も。とはいえ、そんなアホな俺でさえもアミエルの言葉には共感せずにはいられない。このブログはささやかながら、俺にとってそういうものである。

 

 日記なんていろいろあっていい。風俗体験記、喧嘩を売るための檄文、勉強用の記録ノートなど。だが書く以上、まず自分を裏切らないようにしたい。日記とは己の形見分けである。いつか100本書き溜めたらまた「三吸人乳輪問答」から読み直して「お前も大きくなったな」と言ってやりたい。今は多忙かつ孤独の身だ。だからこそ、生あるうちは終わらない自己内対話をどこまで書き留められるか。それは困難な挑戦であるが、確かに希望でもあるのだ。

 

 で、お前はまた人文お気持ち虚飾で2000字も無駄遣いしやがって、結論を言えやこのタコという声が聞こえてきた。つまり、ブログの更新頻度をもっと上げたいですということです、はい。

 

*1:新聞記事は国会図書館にも残り、公文書と同様に歴史事象を伝える「史料」としても扱われる。少なくとも、ジャン・フロワサール年代記よりは信頼度が持てるだろう。とはいえ、実際に家庭に届けられ、1年足らずで閲覧できなくなるデジタル記事というのを考える時、「史料」というよりは偶然残ればラッキーという「エフェメラ」的な側面はぬぐえない。だが、新聞記事には時代を超えて人を感動させるようなエピソードも少なくない。そういったエピソードをどうにかして「史料」という堆積から救い出し、定期的に「思い出す」ことはできないものだろうか。

*2:このEvernoteは2016年4月4日まで日記代わりにしていた。ちなみに最後の記述は「仕事やめたい」であった。入社4日目だぞ。