死者の如き従順

脱落者・敗北者・落伍者と連帯するブログ

夢の話ほど人を退屈にさせるものはない

 俺には、人生を諦めかけて「もう目覚めないでくれ……」とか思いながら寝るときがある。いや、目覚めないでほしいは毎日思っているが、人生を諦めるのは珍しい。2月に錆びたカッターを持って風呂にお湯を張って自殺未遂をしでかした時の精神状態にほぼほぼ近い。あの日は「いやおかしいやろ!」と正気に戻って深夜1時から車を運転し、星空を見て「やってやるぞ!!!!」と叫んだのを覚えている。そしてその日のうちに、偶然に仕事がうまくいったのだ。それ以降、本気で自殺したいと思ったことはない。ただ、人生を諦めたくなることはしばしあった。

 

 今週だ。仕事が死ぬほど忙しく、5時に起きて出勤しては0時、1時に帰る日々が続く。読書どころか他のことをする間もない。かろうじてキズナアイの動画を1本見るだけだ。加えてそんだけやっている仕事が全くうまくいっていない。上司や先輩から毎日小さなミスを言われて頭がおかしくなり、大きなミスもしでかす。後輩や同僚からどんどん信頼を失っていく。夕飯には必ず酒がともない、タバコもまた再開した。辛いときは金パブを少し服用する。会社のストレスチェックは真っ黒。だけど精神科も予約できないほど忙しい。こういうの、人生詰んでるっていう。

 

 木曜日、俺は定食屋で唐揚げ定食を平らげたあと、瓶ビール2本と日本酒1合を飲み、コンビニで買ってきたパックをそのまま客の前で開けて出されたイカの塩辛をつまみにしていた。吸ったタバコは6本。ラストオーダーギリギリまでいた。その日もメチャクチャ怒られたので、少し泣いていた。何でこんな怒られながら嫌な仕事をしなきゃいけないのかがわからなかった。このまま擦りつぶされて死ぬのが怖かった。自分の心が砂漠化していくのが怖かった。シャワーを浴びた後、キズナアイの動画を見ても特に面白いと感じることなく、寝た。

 

 そんな時に限って、夢に出てくる特定のイメージがある。運送業で糊口をしのぐ父親譲りの生粋のミソジニストにして女性は敬して遠ざけるAセクシャルの俺だが、その夢には女が出てくる。二次元的なイメージだ。Pixivに中国や台湾の人がたまにアップするおもっきし幻想的で美しすぎる美少女イラストがあるだろう。あの画風を思い出しつつ、以下の記述でイメージを共有してほしい。

 

 馥郁たる香りがしそうな色とりどりの花が咲き競う庭園にいる(俺の夢は匂いはほとんどしないのだが)。俺がかつて住んでいたところの花が売りの公園みたいだ。俺はそこの四阿のベンチに座り、よく分からない本を読んでいる。書名は『ハインツ=ヴァイトリング卿の私生活と思索』。訳者は俺だ。ハインツ=ヴァイトリング卿というのは誰だ?と思う向きがあるかもしれない。これは俺がかつて書いていたゴミ小説(データが入ったUSBを物理的に破壊したので散逸)の登場人物だ。どんな役回りだったかも思い出せない。中二病患者あるあるだが、小説を書く前に設定にのめりこみすぎて、敵キャラとか脇役キャラを多く作りすぎてしまうのだ。まあそれはさておき、架空の本の内容もよく分からないまま、俺はページをとにかくめくっている。

 

 四阿のベンチの隣に誰かが座る。俺は意味不明の文字列から目をあげない。「何を読んでいるの?」凛とした声(声優さんで誰が一番近いだろうかと考えたがよくわからん)が耳朶を震わせ、俺はようやく顔をあげて隣に視線をやる。

 

 美しい――。いや、完璧なカロカガティア(善かつ美)であり、人の身にありながらそれは崇高だった。現世の塵芥や死穢に覆われた目では、その美は鋭すぎて、殺されるとさえ思ってしまう。俺からそれの容姿を語ることは難しい。俺が好きな銀髪赤目なんだが(FateイリヤスフィールElysionのエルみたいだったと思うが、あまり記憶ははっきりしない)。俺はそれに応答することさえできない。唐突に、彼女は俺の本をひったくる。俺は慌てて手を伸ばそうとするも、その美しさに触れることの恐ろしさにすぐひっこめる。彼女はそれを数ページ読み「これはどういう意味なの?」と文字列を俺にも見せる。もちろん俺にも意味は分からない。夢はそこで終わる。

 

 実は「彼女」を夢で見たのは一度や二度でない。精神が極まってる時(それ自体は1か月に3、4回ぐらいある)、その中でもごくごくたまに出てくるのだ。どんな条件で彼女と会えるのかがよくわからない。夢の中でのシチュエーションは毎回違う。実家で一人飯を食っている時だったり、仕事で車を飛ばしていたらバスに横から突っ込まれて吹っ飛んだ時とか。声も容姿も一致しているかさえわからない。大学生の時には見たことがない(そもそも大学時代はあんまり夢を見なかった。今でも月の半分は見ないと思う)。

 

 ただ、夢から目覚めた後なぜか不思議と「生きるぞ」という気持ちになる。よく分からないが、とにかく前向きになる。そういうチャンスを無駄にしないよう、俺は輪入道の「俺はやる」を聞き、テンションを高める。今はそれを何とか維持している。まあ、またすぐに辛くなるんだろうけど。

 

 夢から覚めたらいつも問うのは「アレは本当に俺の意識から召喚されたのか?」ということである。「未知なるカダス」を夢に見るランドルフ・カーターぐらいのロマンがほしいという願望も込められている。俺の夢も何かヤバい高次の亡霊が注入しているんじゃないか、それとも海軍士官だった爺ちゃんが天国の財をおすそ分けしてくれるんではないか、ぐらいには考えている。まあ、毎日俗世の汚泥を見て、啜って生きている人間なので、どうしてもあの美しさにはたどり着けない気がする。

 

 さて、退職後のプランでも考えるか……。