死者の如き従順

脱落者・敗北者・落伍者と連帯するブログ

20171104

 起床は6時。世間には10連休とっている人もいるらしい。マジふざけんな、俺は3連休さえブツ切りにされているんだぞ。

 

 今日は完全に無だった。ブログに書くべきことが何もない。どうしようか? どうすることもできない……いや、俺は諦めねえ。ここからコンテンツを生み出してやるさ。お気に入りの東方アレンジをかけながら、ほら詩想が……思い浮かばないです。

 

 生殖だ、俺が許せねえのは生殖だ。先ごろツイッターに「男は生物学的に加害性を生まれ持つ」とかいうトンチキなツイートが様々な人々にバカにされているのを見た。それはある意味では間違いではないし、ある意味では間違いという意味で何も言っていないに等しい。少なくともXを腐すために生物学を持ち出す人間は21世紀の人権規範を持っていないと自らバラすようなものだ(もちろん俺はそれを否定しないし歓迎する一員である、人権なんかゴミだ)。ただ、歴史的に男性は女性に対する加害者であり、それは現代社会のそこかしこでも見られる光景だ。ただそれを生物学的に基礎づける必要性はどこにもないし、相手を腐すために何でもするというジャップメスの悪いところが出ていると思う。

 

 話が逸れてしまった。しかし女も加害性を持つ。具体的には子供を産むことだ。この人口が膨れ上がってどうにもならない世界でまた1人産むとか、世界に対する加害じゃないか。お前はレイチェル・カーソンとか読んでじっくり考えた方がいいんじゃないかと言いたくなる。苦界浄土2017とでもいうべきこの世界では中絶こそ唯一の手段である。まず人類は中絶が始まった日を中絶記念日として祝うところから始めるべきだ。

 

 生殖は悲劇の始まりだ。神がアダムとイヴに隠した重大な知恵は「自殺」であった。知恵の実を食べたときに、2人が自害を選んでいれば、こんなクソみたいな悲劇は数千年も続かなかったし、創世記も退屈な読み物に堕していなかったはずだ。ただ、次善の策としてカインとアベルの代において効率的な人口調整システムとしての「殺人」が萌芽を見せた。その後の旧約聖書とは、人口問題の解決ではないかというのが俺の読みだ。やはり古典は行くべき道を教えてくれる。

 

 はい、適当なことを書いて埋め草としてしまった。本当に無みたいな文章だ。だが俺は自分に1000字というノルマを課してしまったので意地でも埋めるつもりだ。明日はブログのために何かネタを仕入れるような生活をしたい。以上。

 

 ごはん 

 朝:キャラメル

 昼:鮭の塩焼きとご飯

 夜:牡蠣などで一杯+ラーメン