死者の如き従順

脱落者・敗北者・落伍者と連帯するブログ

【読書メモ】萩原淳『平沼騏一郎』(中公新書、2021)

 このブログとの向き合い方を見直すと言っておりましたが、はい、面倒くさいながらもちょこちょこ読書メモを残していこうかなと思っております。一発目はこれ。

 

 複雑怪奇ニキ、顔の長いおじいさん、戦争犯罪者というイメージしかない平沼の生涯をまとめた本で、読んでいてとても面白かった。特に「司法官」としての平沼にフォーカスを当てているのが新鮮だと思われる。優れた司法官僚(今ではこの言葉は別の意味で使われるが)であった平沼は司法制度の近代化を担い、予審判事の捜査権限が絶大だった明治期の刑事司法制度を、検察官の起訴前の捜査権限を徹底する形で改変し、その帰結として大正新刑法における起訴便宜主義(=有罪率99%の「精密司法」への転回)の明文化をもたらしたことは、現代の我々を取り巻く刑事司法の淵源に平沼がいたことを教えてくれる。また、検事総長時代は贈収賄事件や選挙違反事件については、時の内閣と交渉し、諸々を斟酌して起訴猶予処分を決めるなどの柔軟な運用を行っていたことは、検察と政治という永遠のテーマについても示唆を与えてくれる。

 法相にまで上り詰めた平沼は、司法官に「平沼閥」(平沼は当時権力のあった山県閥からは距離を置いていた)を形成し、そこが法相や内相の給源となっていた。法相退任後もその後も捜査情報を折に触れて得ていたというわけで、ズブズブ太郎だねえとなってしまった。平沼は政治へと傾斜していく。筋金入りの反共の観点から、「皇道主義」なる天皇制を中心とした精神的なイデオロギーを説く平沼は、政治団体「国本社」を全国組織規模で立ち上げることに成功し、また枢密院副議長・議長時代にも隠然たる権力を持ち続けることになる。しかし、「最後の元老」a.k.a.フィクサー気取りの西園寺公望はそうした平沼のイデオロギー的な側面を煙たがって後継首相として推薦することがなく、結局大命降下を何度か逃してしまうことになる(終戦後平沼は折に触れて「西園寺はクソ」と怨嗟を上げることになる)。平沼が首相になった時は人材が払底していた後だったわけだが、何とか軌道に載せたかった英米交渉も日中戦争も独伊防共協定も諸々がスタックしていた中で、まさかの独ソ不可侵協定が結ばれて「あーもうめちゃくちゃだよ」となって政権を投げ出してしまったわけである。太平洋戦争期には重臣の中で和平派として、何とか戦争を収めるべく画策したが、結局連合軍側からA級戦犯として起訴されて終身刑に処せられてしまう(著者は少なからず連合軍側の見方に問題があったと指摘する)。

 日本史専攻ではなかったので正直ここら辺の明治~昭和史ってかなり曖昧な知識しか持ち合わせていないんだなというのを再確認した読書でした。ただ、普通に面白かったです。