死者の如き従順

脱落者・敗北者・落伍者と連帯するブログ

20240130

【労働】

 やー、今日も虚無っすね。マジで……。この状況に耐えられるのは1年はもつまいと考えたので、ちょっと本気で動き出せるようにしておきたいと思います。漫然と趣味に時間を費やしている場合ではないかもしれない。

 

【ニュース】

日常的な世話、急迫な場合→片方の親でも決定可 離婚後の共同親権案:朝日新聞デジタル

 ついにわが国でも片親概念がよくわからなくなるかもしれない時が来ましたね。いや離婚した後に同居することはまず考えられないので事実的=生活態様的には片親の子どもになるんでしょうけど。

 

特定危険指定暴力団の工藤会が千葉県内で活動活発化 傘下「拠点」も:朝日新聞デジタル

 工藤会が関東に出張ってきているということですが、暴力はよくないと思います(狂人)。錦糸町とか行かないから遭遇することはないのでしょうが。

 

トランプ氏の納税記録をメディアに流出 米政府元契約職員に禁錮5年:朝日新聞デジタル

 現職大統領を攻撃することが立憲民主主義への攻撃になるというの面白過ぎるな。存在自体が立憲民主主義を核攻撃しているような奴だが、まあ建前的にはわからんでもない。

 

シリアに空爆、7人死亡か イラン側「イスラエルが革命防衛隊狙う」 [イスラエル・パレスチナ問題]:朝日新聞デジタル

 イスラエルが中東で空爆すること自体は珍しくもなんともない話だが、なんだか自分たちで火をつけといた火事場に注目を集めさせておいて他のところにも火をつけようとする激ヤバパイロマニアしぐさという感じがありますね。

 

ラトビアの欧州議会議員、ロシアのスパイとして活動か 本人は否定:朝日新聞デジタル

 ワロタ。

 

事務局長に「不信任」過半数 吹田市社協ハラスメント問題で職員有志 [大阪府]:朝日新聞デジタル

 勝手にリコールという珍しい話でした。

 

上川外相「支持される外交に専念している」 麻生氏の容姿言及に [自民] [岸田政権]:朝日新聞デジタル

 岸田を慮って麻生のご機嫌を損ねられないという苦しい立場だ……。いつか麻生をぶん殴れるようにみんなで自民党を下野させよう。

 

【読書】

 ちょっと息抜きも兼ねて、佐藤春夫編著『漱石の読書と鑑賞』を途中まで読みました。

 漱石には約2000通の書簡が残っているのだが、その中で往時の文学・文壇に対する評言や、弟子や後輩作家の小説批評や添削、さらには雑誌掲載の取次なども行っている形跡がありありと認められる。本書は時系列順にこれらの書簡の一部を採録し、さらに関連する漱石の文学論関係の小論(多くが小説につけられた序文)もあわせ、これに編者が解題をつけるという構成をとっている。

 そして、漱石によって言及された短編も一緒に載っているのが本書の特徴だ。これは、佐藤がまさに漱石書簡を読む中で、言及されている文学をあまり知らないで読み進めることに隔靴搔痒の念を覚え、弟子の平井呈一(怪奇文学の翻訳家として有名)とともに編纂作業に乗り出したというわけだ。収録されている作品のうち、芥川の『鼻』や『芋粥』、中勘助の『銀の匙』なんかはメチャクチャ有名だが、それ以外のマイナーどころもかなりカバーされている。正直そこまで日本文学に詳しいわけではないので、知らない作品も結構あった。例えば漱石が娘に読ませたいと激賞した長塚節の『土』。農民文学の傑作らしいが著者も名前もはじめて聞いた(本書には漱石が褒めた佐渡の紀行文が採録されている)。また、児童文学者の鈴木三重吉や、野上弥生子の短編なども入っている。あまり知らないものを読めるという意味でも本書の価値はあるかもしれない。

 さて、漱石の書簡についてはなかなか興味深いことを知ることができた。例えば明治24年に帝大の先輩である正岡子規宛の手紙で、森鴎外を評価していることは意外だった。また、島崎藤村の『破戒』を激賞しており、これに比べたら『金色夜叉』なんて、と言っているというのもほへえとなった。ぶっちゃけた話、『破戒』も『金色夜叉』も読んだことないのでよくわからんのだが。

 漱石の批評も面白い。たとえば、こんなもの。

 (野上弥生子の短編(不明)を激賞した後に)「今の小説ずきはこんなものを読んでつまらんというかも知れません。鰒汁をぐらぐら煮て、それを飽く迄食って、そうして夜中に腹が痛くなって煩悶しなければ物足らないという連中が多い様である。それでなければ人生に触れた心持ちがしない抔と云って居ます。ことに女にはそんなに毒にあたって嬉しがる連中が多いと思います。大抵の女は信州の山の奥で育った田舎者です。鮪を食ってピリリと着て、顔がポーとしなければ魚らしく思わないようですな。」(p54、明治41年1月18日高浜虚子宛)

 漱石は単純素朴な文体や、あまり無理のない自然な会話文などを好み、たとえば泉鏡花のようなコテコテの擬古文じみた装飾を好かなかったようだが、恐らくそのような趣向が上の批評に反映されているように思われる。

 こうした背景には写生文の勃興があることは佐藤も指摘するとおりである。元々は正岡子規や弟子筋の高浜虚子らによる文芸ジャンルのムーブメントであり、それは「洋画に於けるスケッチの手法を文章の技法に移入」(p68)しようとしたものであるが、こうした影響下にあった漱石(何せこうした写生文の発表会のような場で『猫』の第一回が披露された)が、イプセンのような人生の重大事を扱った過度に緊張感あふれるプロットよりも、筋はあまりなくあっちこっちに思索や観察に耽けって事象から距離をとる「低徊」趣味=余裕のある文学を好んだというわけである。

 ただ、単なる単純素朴を好んだわけでもなく、漱石には広く様々な文学を受容する懐の深さがあった。真率と思われる若書きの小説も、老練たる作者(二葉亭四迷など)の技巧も、この大文豪はなるべく佳いところを見つけて褒めるようにしていたのである。

 ついでに、採録されている作品もちょこっとだけ読み進めた。寺田寅彦の『どんぐり(団栗)』は、主人公の病身の細君が植物園に行った帰りに道端の団栗をたくさん拾い集めてはしゃぐシーンと、妻亡き後に息子が同じようにどんぐり集めをするシーンとのオーバーラップが、過度な感傷に浸ることなく描かれていて確かにこれはこれで感じ入るものがあるなと思った。河東碧梧桐の『げんげん花』だが、そもそもげんげん花ってなんだよ。ブログ書いている段階でも分からんわ。ただ俺はみくのしんではないので知らない単語があってもソッコーでページをめくれるのだが、これはちょっと中世ジャップランドが過ぎて辛かったっすわ。要は夫に死なれた女がある家に居候していたら、居候先の息子とデキちまったので、それを辛く思う主人公である忘れ形見の息子が、親戚の家に行ったらバチボコ女の悪口を聞かされていたたまれなくなるという、まあそれだけの話っちゃ話だけど、明治時代に生きてなくて本当によかったという素朴な気持ちだけが生まれました。これは一応写生文の流れなのかなと思うが、小説=フィクションってことでええんやな???

 

 

【動画】

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 これ面白かったですね。中核派も元気にやっている、そういうことが大事なんや。あの最初のドアと次のドアの開閉が連動しているシステムとか面白かった。あと今日日コロナ対策厳重過ぎやしねえかと思ったが、確かにコロナで一網打尽になったら困るよな……と思い直した。

 

【雑感】

 今日たまたまテレワークだったので昼飯はマックを食いながらヒルナンデスを垂れ流していたんですけど、10年前の大学時代の何もなかった日を思い出して泣いてしまいました。辛いですね。

 本当に精神が弱っているが全部仕事のせいである。仕事以外は人生でキャリアハイかっていうぐらいうまくいっている気がするのに、仕事が全部を台無しにしている。そろそろ潮時かもしれない。30になった以上、自分が本当にどうしていきたいかということに正直にならなければ、一生何もつかめずに終わるような気がしてならない。それは嫌だ。俺はやる。俺はやる――。